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創業90年の信用とネット通販14年の実績 さのやPマーク

「質屋さのや」は、ブランド品のバッグ、時計、宝飾品、古着、雑貨の販売、又一般の商品からブランド品まで幅広い買取、更に質契約では品物をお預かりし融資しています。「質屋さのや」は東京で創業90年、「質屋さのや」は信頼と安心を常に全ての営業の基本としています。

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さのや500年の歴史を探る

質屋さのやのルーツを辿る

東京大塚の地に質屋を構えて85年、さらにルーツを辿れば江戸中期、約500年以上も前に栃木県佐野の地で、もともと塩を商いしていた菊池長四郎が「さのや」発祥の祖とされています。最盛期には、両替商と真岡木綿の商いで支店50店舗を傘下に、従業員も100名以上抱えていたようです。 

幕末には佐野屋孝兵衛(菊池教中)が大橋訥庵、水戸勤皇党、宇都宮勤皇党らとともに、坂下門外の変に加わり老中安藤信正の暗殺を企てたとの歴史記述があります。またこの菊池教中は大橋訥庵とともに奥鬼怒温泉を開発したり、私財を投じて河内郡の新田を開拓したりと35年の短い生涯に精力的な活動を行っています。この勤皇家菊池教中から、東海銀行の頭取菊池長四郎を輩出し、本所に質屋の大店を構えたのが明治期です。

東京大塚の佐野屋初代はこの菊池教中の孫にあたり、大正12年(1923年)に分家して大塚に質屋を開業しました。その後三代85年にわたり庶民金融機関である質屋業をこの地に営んでいます。

さのやのルーツ

中古ブランド品販売のパイオニア

1990年代の初めに現社長のもと、質屋の質草としてのブランドバッグ(ルイ・ヴィトン、エルメスなど)を早々に取り入れ、ブランドバッグの鑑定法を早くから研究開発してきました。1995年頃に北は北海道から南は九州まで全国の都市を回り、のべ2000人以上の質屋さんやその子弟に「ブランドバッグ講習会」という場を設けて、鑑定法や取扱方法について講習を行ってきました。

「さのや」はこうして、常に質屋として、中古ブランド品の販売のパイオニアとして、社員全員がチャレンジしています。この「さのや」のホームページも大きなチャレンジのひとつです。しかしその一方、庶民金融としての質屋の発展も忘れてはいません。国内有数の宝石鑑定機関から講師を招き年間を通じて社員研修に力を入れて、人材養成に努めています。こうして現在も全国でトップグループに入る質屋営業を続けています。

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